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∞ 

許容とはすなわち自分が上位に立って初めて成り立つ。


ここ数年、おそらく5年前くらいからだと思う。
小さいながらもいくつか行ってきた自己改革のひとつ。

怒りという感情を他人に置くのでは自身に置くということ。

怒りという感覚はすなわち苛立ちで、むかつくとか、腹立つとかそういうことだ。
他人に置いた怒りは処理に時間がかかる。
詰まるところ他人に置いた怒りはその他人からのアプローチによってしか解消されないからだ。
それを自分に置いたとする。
すればそれは自分に対する怒りであり、すなわち反省であり後悔だ。
最終的には自己嫌悪で落ち着ける。
それは他人に解消策を求めるよりもはるかに楽で円滑にことが運ぶと考えた。
怒りはそのときの自分のモチベーションにもよるし、何より自分の怒りを相手が認識しないケースは多々存在する。
それに完全なる理解を求めるのは無理。
なおかつ自分が譲ってやったと上から目線で自己解決をはかるにも僕には限界があった。

ならば自分に置いた方が早い。
人間関係はなにも変わらずに自己嫌悪のみが積み重なる仕組みだ。

ある程度はうまくいくがたまった自己嫌悪の処理とモチベーションによって一回他人に置いてしまった怒りを自分のものに置き換える作業は更なる自己嫌悪を誘発する。

あぁなんて面倒くさい連鎖。
自分で作っておきながら上手く処理出来ない。

ツールを作成する上で存在するイレジュラー処理の仕方が行方不明。

学生時代みたいに、
暗い部屋でヘッドホンの中の大音量の音楽を聴いてみたり
好きなDVDで笑ってみたり
ある程度は上手くいくけどあのときみたいに上手くは処理出来ない。

何が問題か。
どこが問題か。

問題という概念で話せば根本的問題は自分の無能さか。
はたまた世の中を斜めから見すぎて歪んだこの視界のせいか。
どちらにしても出口はない。

「他人を許容することは難しい」

そりゃ難しいよ。
わかるわからないに関係なく。
「許容」
という行為そのものが他人よりも自分が上位にあるべきとに発生するものだから。
受け入れる。
ねじ込まれる。
引き込まれる。
求められる。
そうすることしか出来ない。

単調で単純作業だ。
自己嫌悪で済む。
自己嫌悪で終わる。
自己嫌悪で切る。

自己嫌悪もここまで使われればそれはもう何だろうか。
自己嫌悪といいながら自分と馴れ合う自分がそこにいる。
きっといる。
自分で自分に怒りを置いていながらどこかでそれな自分がよく出来た人間だと自画自賛する自分がいる。
それに気づいてまた自己嫌悪。

どこまでいったって終わらない無限ループ。

あぁなんて面倒くさい。
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